あっ旅

世界一周を目指し放浪中の旅好きなあほです。

世界一周 中央アジア

パミールハイウェイ自転車旅行ざっくりまとめ!

2018/09/24

おはようございます!

パミールハイウェイ自転車旅行最終日の10日目で転倒し、左ひじを骨折した超絶どんくさい人代表のあつしです。

どうも!

 

今回はサイクリストの憧れと言うか、聖地のようなパミールハイウェイを自転車で走ってきたので、自転車を購入するところから骨折するまでの旅の様子などをざっくりと紹介しようと思います。

キルギスータジキスタン国境の緩衝地帯にて

キルギスータジキスタン国境の緩衝地帯にて

【リアルタイム】自転車買いました。パミールハイウェイ走ります!

パミールハイウェイの情報はネット上にも少ないので、多少は参考になるかと思います。(詳しい日ごとの記事はまた別途書きます)

 

ぼくの中では、パミールハイウェイはキルギスタンのオシュからタジキスタンのホログまでの区間とします。

そして、今回はオシュからホログ方面へ漕ぎました。東から西です。

体感的には、欧米人が多いことから大多数は西から東へ進んでいて、東から西は全体の1割ほどなんじゃないかなと思います。このどちらから走るかで日程などは多少変わってくると思います。

すれ違う多くの人は自国から大陸横断、またはドゥシャンベからスタートと、ぼくよりもスケールはだいぶ大きいです。彼らは、ワハーン回廊からのパミールハイウェイが主流です。

 

今回の記事は、できるだけ一般の方の目線で書こうと思っています。

というのも、ここを走るチャリダーは世界を走り倒している超人たちばかりで参考になりません。

ぼくはあまり考えずに走ることにしたんですが、パミールハイウェイは標高、未舗装道、補給ポイントなどを考慮すると、難易度は高いです。

もし、パミール自転車旅行に興味ある人は、ぼくのスペックと比較して検討してみてください。ちなみになんですが、旅やキャンプ、自転車経験の全くない方にはおすすめできません。パミールは最悪死ねます。

 

まずは、簡単な自己紹介をします。

2017年、モンゴル~ロシア自転車旅行にて

2017年、モンゴル~ロシア自転車旅行にて

名前:あつし(25歳住所不定無職男)

ぼくはチャリダーではなく、一般的なバックパッカーです。

ヒッチハイクやキャンプもするし、軽登山、簡単なアウトドア、徒歩旅、自転車旅もできるオールラウンダーな旅人だと思っています。スポーツや身体を動かすことが好きで、去年から旅行中にジムや公園などで身体を鍛えることもときどきやってます。

弱点:食べ物、お腹の弱さ、寒さ

ぼく個人のスペックは、そんなに高くはなく一般的だと考えています。

 

今回は、自転車旅行ということなので、過去の自転車旅の経験も紹介します。

2015年、鹿児島から今治へ自転車で引っ越し

2016年、自転車日本一周10000キロ以上 (ブログは移行中)

2017年、モンゴルからロシアへ自転車旅行

自転車旅行はしたことあるので、全くの素人と言うわけではないです。

ただ、基本的に海外での移動は公共交通機関なので、ブランクはあります。

 

さて、これからパミール自転車旅行のまとめに入ります。

  1. ルート概要
  2. 持ち物
  3. ざっくりとした旅の様子

 

1.ルート概要

ルートはキルギスタンのオシュからタジキスタンのホログまで、約700キロ。

88468E42-FE06-4FFD-B6A0-FD82B8A138A6

青ピンが宿泊地、オシュを出発してから9泊10日

0日目、オシュで準備

1日目、オシュ→グルチャ郊外、走行距離84キロ、キャンプ

2日目、グルチャ郊外→サリタシュ手前の峠のふもと、走行距離80キロ、キャンプ

3日目、サリタシュ手前の峠のふもと→サリタシュ、走行距離23キロ、ゲストハウス

4日目、サリタシュ(キルギス)→カラコル(タジキスタン)、走行距離100キロ、ホームステイ

5日目、カラコル→4655m峠のふもと、走行距離47キロ、ユルトステイ

6日目、4655m峠のふもと→ムルガブ、走行距離86キロ、ホテル

7日目、ムルガブ→Alichur村手前、走行距離91キロ、民家

8日目、Alichur村手前→4270m峠の手前、走行距離65キロ、キャンプ

9日目、4270m峠の手前→Vankala村あたり、走行距離66キロ、ホームステイ

10日目、Vankala村あたり→下り坂で転倒し骨折して自転車旅行終了。

 

標高に関して、2日目終わりから標高は3000mを超える。タジキスタンに入ってからは最高地点4655mがあり、平均標高は4000m弱前後。

補給ポイント(商店や食堂)は少なく、物価も高い。

宿泊施設やキャンプポイントは情報を持っていないと、次にどこにあるのかわからない。風が強いのでどこでもキャンプできるわけではない。事前の情報収取や、すれ違う人から情報収取が大切。

車通りも、極端に少ない。空席はあまりないので自転車ごとヒッチハイクはめんどくさいし時間がかかる。基本的に誰も助けてくれる人はいないので自分で解決しなければならないと考えた方がいい。

路面状態状態は悪い。未舗装道も峠の前後にあり基本的に20キロほどが何回かある。舗装されていても質は悪く、穴が空いているところや、砂など未舗装なような道が急に現れることも少なくない。← ぼくはこういったところで転倒した。

天候は、特に風に左右される。向かい風だと時速10~5キロ以下になる。降水量は少ないが、1日だけ雪などが降って濡れることがあった。向かい風のせいで目的地へたどり着けなかったのは、7,8日目。

終盤に大きな峠などがある場合は、刻んだ方が無難。一気に行こうとして行けなかった場合のリスクがある。

余裕を持ったスケジュールが好ましい。

と、いうのも、、

当初は700キロほどなので、1週間で走り切ることができるだろうと思っていました。

これは自転車日本一周時には1日140,160キロなど走っていたこともあったので、1日100キロはそんなにきつくないと考えていたからです。

しかし、初日で気が付きました。1週間で走ることは無理だと。基本的に上り(アップダウン)、道路コンディション、標高や風からです。

これも少し無謀だったんですが10日間で走ることにしました。ペース的には可能でしたが、12日ほど余裕を見ておいた方が無難で、もし休息日や高度順応が必要な方は2週間はあった方がいいと思います。

本来の予定では、自転車旅が終わった後は、ワハーン回廊を歩く予定でした。(怪我のため延期)

 

2.持ち物

ぼくはバックパッカーです。

A736812F-650B-4959-90C7-6F52B9744324

メインザックはビシュケクの日本人宿に置かせてもらい、サブバックに荷物やテントを括り付け、出発地のオシュへ出発しました。

モンゴル~ロシアの自転車旅行では全荷物を運んだので、積載することの難しさなどを痛感して、今回は軽量化してみました。

荷物の量・自転車やタイヤの質は、どこまで自分がリスクを取れるのかだと思います。

 

持ち物をざっくり紹介

オシュで購入したもの

出発前日オシュで購入したもの、自転車も

  • サブバック、カリマーSF30→荷物を括り付け拡張可能
  • ザックカバー
  • ナップザック
  • 自転車
  • 空気入れ、パンクシール
  • テント→1年前モンゴルで購入した安物
  • マット→1年前モンゴルで購入した安物(80センチくらい)
  • 寝袋→モンベルの#3(日本から持参)
  • 傘→1か月前モンゴルで購入、使わなかった。
  • 三脚
  • Tシャツ2枚
  • タンクトップ→必要ない
  • 短パン2枚
  • パンツ2枚
  • ヒートテックと極暖
  • ユニクロのライトダウン
  • ゴアテックスの上着
  • パーカー
  • ジーパン
  • タイツ
  • ランニングシューズ
  • ペラペラな長ズボン
  • 靴下計5枚(2枚はオシュで購入)、1枚はヤクのごつい靴下
  • 今治タオルの薄いタオルマフラー
  • 固形石鹸、シャンプー→ホログまでシャワー、洗濯は難しい(サリタシュ、ムルガブで可)
  • 速乾タオル→使い道は少ない
  • 帽子→オシュで購入(必須)
  • ウエットティッシュ
  • トイレットペーパー
  • S字フック→使わなかった
  • トートバッグ(エコバッグ)→積載用でサイドに拡張できた
  • ごついビニール袋→雨用、マットが小さいのでテント内に敷く
  • 薬(タジキスタンはお腹壊す人が多い)
  • 変換プラグ
  • 延長コード
  • 各種充電器
  • モバイルバッテリー
  • スマホ
  • カメラ
  • ノート、ペン→使わなかった
  • 食料(主にナン、はちみつ、ピーナッツバター)
  • 行動食(ウエハウス、ナッツ類、チョコ)
  • 飲み物(max8L)→たまに井戸や湧き水

 

持って行くべきだったもの

  • 手袋→防寒、未舗装道での振動など手を守る
  • サングラス→日差し、照り返りがすごい
  • ヒモ→風が強いのでテントのペグ用、荷物結ぶ、応用効く

 

あればよかったもの

  • 火力などのクッカー類→ナンは硬くなる、飽きる。栄養補給は大切なので食事超重要(毎日ハンガーノック気味だった)
  • ごつい寝袋
  • 水をろ過するの

ちなみに、パミールですれ違う一般的なサイクリストの積載や自転車はこんな感じ。

E8CBD6A5-A7F1-49F4-A5D5-362F49923C3E

自分が軽装備ということを実感する

多くの人にぼくが傘を持っていることを指摘された。まあ、確かになと思った。

 

3.ざっくりとした旅の様子

※各日の詳しい記事は後日に別途かきます。

0日目、オシュで準備

DB23CD9B-4F0A-489C-BBFA-0C69139322EB

オシュの自転車屋の人たちと

出発前日にオシュで自転車を購入!

値段は100ドルと少し高めなので、カゴ、空気入れ、パンクシールはサービスで。ちなみに前後ギアがある安い自転車は6000円~ある。

メリダのいい感じの自転車はあったけれど、25000円ほどと予算オーバー。基本的にあるのは中国製(キッタイ)。

オシュのバザール内には自転車・部品屋がいくつか密集しており種類は多い。しかし、自転車世界一周者向けの本格的なパーツはないだろう。

前回の反省を生かして、今回はフレームなどよりもタイヤを重視した。ぼくはパンク修理はできません。

しかし、後にサドルが高すぎることが発覚して、絶望した。

その他、バザールで、靴下、帽子など、食料、薬を調達。

タジキスタンへ入国しても、ATMはホログまでないし、両替もカラコルかムルガブまで難しいので事前に少し両替することをおすすめする。オシュで可能。タジキスタンの宿代はドル払い可能。

 

1日目、オシュ→グルチャ郊外、走行距離84キロ

F114AA04-7394-4090-B3A4-47392B3B6ADC

出発時の写真

オシュ市内では車などにめちゃくちゃ注意を払おう。

基本的にずーっとのぼりでやめたいと思った。グルチャ手前の峠がきつい。峠を下る際にも恐怖を感じるほどなので、ブレーキ等しっかりしているか確認すべき。

初日に、泥除けや電気系統が壊れたので除けた。自転車乗るのに支障が出てくるレベルなのでサドルを前方に傾けた。

グルチャ手前で日本人と出会い、一緒にキャンプ(標高は約1500m)。

グルチャには宿や商店あり。

 

2日目、グルチャ郊外→サリタシュ手前の峠のふもと、走行距離80キロ

FC353712-A90A-4759-B30F-3C29CF0BB338

2日目のキャンプ

今日も、基本的に上り坂だが、サドルを傾けたおかげで昨日よりは楽に感じた。

湧き水もちょこちょこあるので水分補給可。

道中、軽い食堂や商店のある村はある。

終盤に3615mの峠があるのでふもとの3000m付近でキャンプ。風が少し強かったけど絶景だった。

 

3日目、サリタシュ手前の峠のふもと→サリタシュ、走行距離23キロ

E9A8D41F-2B07-4AFB-B20C-BAAF2FEBA4FB

3615m峠にて

峠自体は楽なものではなかったが、朝涼しかったということもあり、こんなものかと思った。

そこから、サリタシュまでは、もう一度軽い峠があるが楽に行くことができる。

午前中にサリタシュに到着したのだが、休息日ということにして、ゲストハウスに泊まった。翌日のために、キルギス国境の手前あたりまで進んでおけばよかった。

これから先、補給ポイントがもしかすると数日後のムルガブまでない可能性があるのでたくさん買い出しをした。カラコルの商店が開いてないことがあるらしいが、井戸はあるので水確保できる。

サリタシュには井戸を見つけることができず、家畜が歩いているような川の水を汲めと言われるので、水は買った方が無難。水は1L25ソム。僻地なので物価も高い。

ぼくはサリタシュを出るときには、ジュース1Lを含め水を8L持っていた。

今になって思うと多かった

結果論だが、こんなにいらんかった

 

4日目、サリタシュ(キルギス)→カラコル(タジキスタン)、走行距離100キロ

キルギスータジキスタン国境の緩衝地帯にて

キルギスータジキスタン国境の緩衝地帯にて

今日から標高が4000mを超える。

キルギス国境越えまでは、かなりスムーズに行けた。イミグレは荷物チェックなしの30秒で終わった。

途中、道がなくなり、小川を自転車ごと横断してからは、基本的に未舗装道になった。

ここを走る多くの人はシュワルベのマラソンタイヤを装着しているが、ぼくのタイヤはそんなに優れていないので、ゆっくり乗ったり、押したりしながら進んだ。

キルギスータジク国境20キロの距離を3時間くらいはかかったと思う。

タジク国境付近は峠(4280m)になっており、未舗装道のくだりも恐怖を感じるレベル。押したところも多い。国境から10キロほど走るとアスファルト道になる。

この先、足のすねほどの深さの川を自転車ごと渡ってから、4300mほどの峠がもう1度あり、そこを超えると基本下り坂でカラコルまで行くことができる。

当初、タジク国境からカラコルの間でキャンプ地を探していたが、このエリアは強風で適したところはなかった。しぶしぶ自転車をこぎ続けて薄暗くなったころにカラコルに到着した。この日が一番しんどかった。

カラコルには井戸や宿泊施設はある。商店は当日も翌日も営業してなかった。

 

5日目、カラコル→4655m峠のふもと、走行距離47キロ

E242EE66-71D8-4D70-98DB-60C27E55B16D

これぞパミールと言った絶景道!

今日中に4655mのパミール最高地点の峠越えはきついかもしれないので、峠手前のユルトまで行く。

カラコルから先は、なぜか毎日逆風だったけど、今日は距離も短く余裕があるので気にならないが、未舗装道はやっぱりストレスになる。

ユルトは2か所あり、舗装道の終わるところに1軒、そして、そこから8キロほど離れたところにもう1軒だ。この区間にはキャンプに適した遺跡があるけれど、ぼくは後者のユルトに宿泊した。

121DD5AE-C1B9-4603-82A3-5C459CDC9068

大自然の中にあるユルトと自転車

標高は4200mで朝晩猛烈に冷えたが、星はきれいだった。

 

6日目、4655m峠のふもと→ムルガブ、走行距離86キロ

4655mの峠から

4655mの峠から

4655mの峠は意外にもあっさりと上ることができた。

しかし、頂上に看板などがあると思ったがなかったのは残念だ。一緒に写真を撮りたかった。

峠を下りだすとすぐにアスファルトの道路になる。

基本的にムルガブまではくだり。しかし、逆風のせいで漕ぎづらかった。

ムルガブに到着し、第一にシムカードを買いに行ったが、バザールはほぼしまり、満足のいく買い出しができなかった。

ご飯も、量が少ないし高いしで、まともに栄養補給できなかった。

ホテルのドミトリーで熟睡できたのはよかった。

 

7日目、ムルガブ→Alichur村手前、走行距離91キロ

719DFA19-A454-4A45-92D5-7959462107B1

まだ風も穏やかな午前中

ぶっちゃけ、ムルガブ以降は楽勝だと思っていたが、間違いだった。

今日はAlichur村まで約100キロちょっとある。

3600mと標高の低いムルガブから4100mの峠は越えないといけないし、毎日午後から風は強くなる(しかも逆風)ので、できるだけ午前中にある程度漕いでおきたかった。

しかし、午後前から風は少しずつ強くなり、夕方前は強風になった。もちろん向かい風。

すれ違うヨーロピアンたちは「君にとっては恐ろしい風だ」と言って、楽しそうに風に押されていく。

常に上りかと思わせるような風だった。時速も3~10キロほどしか後半は出ていなかっただろう。

逆風に苦しめられたのだ。

懸命に漕ぎ続けたのだが、Alichur村手前の民家に泊めさせてもらうことになった。

 

8日目、Alichur村手前→4270m峠の手前、走行距離65キロ

F914525B-0B28-4604-A520-74B6D2C1AF1B

パミールとワハーンの分かれ道付近

今日の目的地も予定では100キロほど先のJelandy村付近だった。ここには天然温泉付きの宿がある。ぜひたどり着きたかった。

昨日の反省を生かして、朝早く風のないだろう時間から午前中で距離を稼いでおかなければと言う思いで漕いだ。

10キロほど離れたAlichur村へ着くころには、午前中なのに少しずつ風は強まっていた。村の井戸で水を汲んで、2回目の朝ごはんを食べた。

おばちゃんが「普通は午後から風が強くなるんだけどね、ときどき朝から強いのさ」みたいなことを言っていて、今日がそのときどきの日なのだろうか。

とりえず、パミールとワハーンの分かれ目まで漕ぎ続けるが、その途中に突然前輪の空気が抜けた。パンクしたと思ったが、空気を入れると、なぜかその後問題なく走れたのでよかった。後輪もだいぶすり減ってきたので早くホログに到着したい。

風も強いし、その後未舗装道になるわで、必死に漕ぐも自然の力には勝てず、全然進むことができなかった。

先には4270mの峠があり、少なくともこの峠を越えて下ったところでキャンプしようと考えていた。標高も下がるし、距離的な余裕もあるはずだった。

しかし、風と未舗装道のせいで思ったように進めず、標高も上げたくなかったので、峠をのぼる途中4174mでキャンプすることになった。装備も不安だったが、この先ホームステイできるような環境があるか確信が持てず、ここでキャンプするしか選択肢はなかった。

道を外れ、川を渡り、人目のつかない風が来なさそうなところを探してキャンプした。

翌朝に撮影

翌朝に撮影

 

9日目、4270m峠の手前→Vankala村あたり、走行距離66キロ

F5274534-699E-40E2-A66A-963ADDC6C09E

4270mの峠の頂上

昨夜、風が当たらないところにテントを張ったはずだった。夕方以降風が次第に強くなったので、テント内に重い石などを入れて安定させた。風の音が気になって、熟睡することができなった。

ユルトで同じくらいの標高で泊まっときは朝がものすごく寒かったので、ヒートテック、ヒートテック極暖、パーカー、ライトダウン、マウンテンパーカー、タオルマフラー、ヤクのごつい靴下、タイツ、半ズボン、ジーパン、ペラペラな長ズボンと、持っている防寒着をすべて着込んで、寝袋に入り、足元をバックパックに突っ込んで、目だけ出した状態で寝た。

おかげさまで、不安要素の寒いということはなかったけど、ちょっと窮屈だった。でも、凍えるよりはまし。

朝方、テントに何か落ちる音で目覚めると、雪だった。そして、暗い雲もあり、天気が崩れそうとわかったので、昨晩に引き続き硬すぎてほとんど食べるところがないナンをサクッと食べて、テントなど撤収して、出発した。

寒さでスマホは走り出す前に電源が落ちた。

身体は寒くない。寒いのは手足の末端部分、つまり指だ。

ムルガブで結局手袋を買ってなかったのを後悔した。これまでも、未舗装道の揺れなどで手首などに負担がかかるので必要性を感じていたん。おかげで手首に痛みを感じるようになり、手のひらは豆の皮が破れたりしてぼろぼろだし、手の甲も日差しで焦げていて気持ちが悪い。高地の日差しは半端ない。

唇は日差しと、乾燥で皮がめくれた上にバキバキに割れている。

進むしかない!峠を越えて、標高が下がれば解決する。そして温泉にもたどり着ける、頑張ろう!

昨日超えた小川を渡り、道路まで出る。小川は凍っていた。

朝から逆風の中、未舗装道をのろのろと走る。

キャンプしたところから1キロ離れたところに家があった。知っていれば泊めてもらったのになあと思いながらも、進んだ。

天気が崩れる前に早くいかないと。

犬が途中から付いてきてくれて、一緒に峠を越えた。というか、犬よりもスピードが遅かった。

くだりになって、犬は付いてこれなくなったのか、どこかへ行った。ありがとう!

くだりはくだりで大変だ。未舗装なので危ない。

ブレーキをかけながらゆっくり進むが、手足は冷えてきて、痛くなってきた。凍傷かどうかわからないが、なったら困るし、なる危険性を感じたので、靴の中とライトダウンなどの袋の中で手足にトイレットペーパーを巻き、手袋のようなものを作って冷えをしのいだ。

途中から道はよくなったが、雪やあられなどが降り出して、濡れた。

温泉がある村まで急いで漕いで、無事に温泉にたどり着いた。サリタシュで頭だけ洗った以来のお風呂。洗濯も、サリタシュで靴下を洗ったくらいだ。

ありきたりだけど最高だった!!!

カフェもあり、インスタント麺3つと、卵とウインナーを食べてエネルギー回復!

天気も少し回復したようだ。

あいかわらず逆風だけど、標高も3500m以下になってきて木々も増えてきて自転車をこぎやすくなった。

順調に漕いでいたんだけど、小雨が降り出した。ちょうどホームステイを見つけたし、ここまでにした。

 

10日目、Vankala村あたり→下り坂で転倒し骨折して自転車旅行終了。

転倒場所

転倒場所

今日は10日目で最終日になる予定だった。

ホログまでの距離も90キロほどで、道もある程度舗装されてるし、くだり基調なので十分射程圏内だ。

しかし、漕ぎだして12キロほどのところで転倒してしまった。

カーブの下り坂だった。

例え、舗装されていたとしても、急に穴が空いていたり、未舗装道みたいな道になったりする。ここで転倒した。

自転車も自分もどのくらいかわからないが、結構吹っ飛んだ。

擦り傷なんかはあったが、すぐに、腕のどこかが折れたと認識した。幸い、頭を強く打つことはなかった。

痛さではなく、ホログまで80キロしかないのに、あと少しのところでたどり着けなかった自分の未熟さを感じ、悔し涙ちょっとだけ流しながら、誰もいないパミールで荷物を広い、2キロほど片手で自転車押し歩いた。

 

ぼくの、パミールハイウェイ自転車旅行が終わった。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

でわでわ。