おはようございます!
パミールハイウェイ自転車旅行8日目です!
オシュで自転車を買うところから
オシュで100ドルの自転車を買う!~パミールハイウェイ自転車旅行準備編~
10日間の旅と準備の様子をまとめた記事はこちら
パミールハイウェイ自転車旅行8日目
Alichur村12キロ手前の民家→4270m峠の手前、走行距離65キロ
昨日はなんとかキャンプをまぬがれたのだが、今日は恐れていたことが起こる。
昨日は民家の家族と雑魚寝させてもらった。
朝早く起きる。やはり外は寒かった。
朝ごはんをいただいた。
食べさせてもらっておいてこんなこと言う資格はないが、昨夜も今朝もなかなか質素な食事だった。しかし、これがこのあたりの地域に住む人々の一般的な食事なのだろう。パンは固く、チャイかミルクか忘れたけど、それにバターと入れて浸して食べる。味は好きではなかったがエネルギーのために食べた。
モンゴルもそうだ。遊牧民や僻地に住む人々は乳製品や小麦類(パンや麺)を摂取することが多い。
民家のちびっこ!
お金を払えとかそういった雰囲気はなかったのだが、ご飯や泊めていただいたお礼にいくらか払った。
キルギス時間8時半(タジク7時半)に出発する。
今日の目的地は予定では100キロほど先のJelandy村付近だった。ここには天然温泉付きの宿があるのでぜひたどり着き疲れを癒やしたかった。楽しみにしている!
昨日の反省を生かして、朝早く風のないだろう時間から午前中で距離を稼いでおかなければといった思いで漕いだ。
民家から出ていざ道に出ると、急に天候が変わったのかなと思うくらい寒かった。いつものマウンテンパーカーの上からライトダウンを着るほどだった。
手もかじかんで仕方がなかった。右手にライトダウンの袋、左手にマウンテンパーカーの袋に手を入れて手袋のようにしてしのいだ。形はダサくてもこの時は必死だったのだ!
ムルガブで手袋を結局買えなかったのでずーっと素手でハンドルを握っていて手が痛かった。それは日焼けもあるし、豆もできているし振動、そして寒さだ。唇も日焼けでやられてぼろぼろだった。口を開くたびに血が出た。
なぜか今日も逆風だった。
元気なうちにAichur村に到着しておこうと急いだ。
パミールは基本的に昼以降徐々に風が強くなっていく。しかし、ときどき朝から風が強く吹く。
そのときどきが今日だった。
村であったおばちゃんが笑顔でそう言っていた。
井戸で水汲む
食堂で2回目の朝ごはんを食べた。コーラを飲みながら、卵3つとウインナー2つとパンを食べまくった。
ちなみに食堂のトイレ、これはニーハオスタイルじゃないか!!!なぜか、少し嬉しくなったけれど、このスペースに4人は詰め込みすぎな気がする。もちろんカギはかからない。
Alichur村のこどもたち
先を急いだ。
坂道にもだいぶ慣れてきて、自転車の足ができたなと思った。
そして、湖を見つけ、湖経由のほうが地図上近かったし、ついでに写真でも撮ろうかといった浅はかな判断をすぐに後悔することになった。
とんでもなく道が悪かったのだ!!!ここでだいぶ時間と体力を無駄にした。
湖は見れたけれど、その先の道は終わっていたし、パミールハイウェイをそれずにそのまま走ればよかった。結局、自転車を押して強引に正規ルートへ戻った。
また、しばらく走っていると突然前のタイヤの空気が抜けてぺしゃんこになった。
恐れていたことが起こった!
すぐにパンクしたとわかったが、ぼくはパンクを直すことができない。
できたとしてもものすごく時間がかかると思う。さらに、この自転車は簡単にタイヤをとることができずチューブだけずらしてから修理する必要があった。それに、ホイールからタイヤをはがす器具を持っていなかった。僕が持っていたのは空気入れとパンクのパッチだけだったのだ。
そのとき一台の車が通って「乗っていくかい?」と言ってくれた。
正直、飛びつきたかったが、パンクして本当にすぐ声をかけてくれたということもあって、困ったからといってすぐに人に頼るのはどうかと思ってしまって断ってしまった。
とりあえず、自分で直してみることにする。どこから空気が漏れているのかわからないので空気を入れる。
空気入れると、抜けなかった。あれ?パンクしてない?
ただ、この空気入れのキャップが割れていたのが問題なのか・・・
これいつ割れたのか、それとももともと割れていたのか・・・。
それか、パンクの原因がもしかしたら小さい穴が空いているスローパンクなのかと思い、空気入れをかごに入れて定期的に空気を入れることができるよう備えた。
パミールとワハーン(ランガル方面)への分かれ道があって、そこから道がよくなったので安心した。
小さな峠を越えた先に下り坂を期待したのだがそんなものはなく、未舗装とさらに強まる逆風に苦しめられた。この先4270mの峠もあり標高が下がることはない。
とりあえず、今後はずーっと舗装された道だと思い込んでいたので、この光景を見たときは正直まあまあ萎えた。
道は悪く、パンクの心配もあるので細心の注意を払う。
タイヤが細くて埋まることもあって自転車に乗れないこともあった。
しかも、逆風!
ぼくができることは漕ぐしかない!!!
そう思っても、目の前に広がる未舗装路・強風、そしてなにより温泉宿までたどり着けないといった不安の前に、このまま漕ぎ続ければ4270mの峠がある現実は変わらなかった。
想定よりも進まない自転車、温泉宿までたどり着くことは不可能だと思った。しかも、これから先は4270mの峠がある。
温泉宿から予定を変更して、4270mの峠を越えて標高をさげるためにできるだけ下ったところでキャンプする作戦に変えた。
この作戦も浅はかでしかなかった。峠の先には下り坂があるといったもの。だから、峠の頂上までいければなんとかなると思っていた。
作戦を変更したところで、この作戦もすぐに無理だと悟った。
自転車が思いのほか進まない。
このペースでは峠の頂上に着いたとしても日が暮れているかもしれない。経験上、未舗装の下り坂は本当に危ないので日没後走るのはよくない。
峠をできるだけくだったところでキャンプをするという作戦から、峠の手前でキャンプをする作戦に変えた。しかし、もう標高は4000mを超えていた。
自転車を漕ぎながらキャンプできそうな場所を探した。風も強いので場所が限られる。
進めば進むだけ標高は上がる。そして自分を苦しめることになる。
そろそろ決断を下す必要があった。
道路からそれた小さな小川を超えて、人目につかないところを探した。
微妙なところだけどしょうがない。
くぼみのようなところを見つけてそこにテントを張った。
標高は4174mだった。
標高約4200mのユルトで泊まった際に夜から明け方に一気に冷え込んだのを思い出して怖くなった。
カチカチなナンという栄養補給には非効率的な晩飯を早い時間に食べて、体を冷やさないようにはやく寝よう。
風もまた一段と強くなってきてテントが吹き飛ばされそうだったので、テント周辺に石を大量において、またテント内にも石をたくさん入れて固定した。
「一日だけ!、死ぬことはない!」そう思ってすべての衣類を重ね着して、バックパックに寝袋ごと足を突っ込んで寝た。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
でわでわ。