こんにちは!
タジキスタンのホログからキルギスの首都ビシュケクに戻ってきました。
ケガをして、ギブスで片腕を固定されていたとしても移動はできるんだなと思いつつ、やはりセキュリティー上よくないなとも思いました。なので、スマホをいじるときでも絶対にとられないであろう商店の中とかでいじっていました。
前回の滞在中の記事はこちら
【ビシュケク観光】犠牲祭(集団礼拝)・キョクボル・独立記念日・蚤の市(バザール)
ビシュケクに帰ってくると、秋がはじまっていました。
今回が(戻ってきたので)2回目の滞在で9月中旬~10月中旬ごろまでいました。
ビシュケク滞在中、主にシェア飯において、F氏をはじめ宿泊者の方々にとても親切にしてもらいました。本当にありがとうございます!
宿泊者の中にブログやYouTubeされている人もいたのでリンクを貼っておきます。
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backpacker_YU YouTubeです。
ビシュケク南旅館での日々
約1か月ほどケガの療養で安静にしないといけなくてビシュケクに滞在していたのだが、何をやっていたのか思い出せない。予約していたインド行きの航空券もキャンセルに。
本当はこんな状態で旅を続けても楽しめないので日本に帰って安静にしたかったのだが、保険会社との話がうまくまとまらず、おそらく意地になって日本に帰らずビシュケクに滞在していたと思います。
肩の少ししたから手首までギブスをしていたが、ドバイの病院で外された。
↓
医者によって治療方針は異なるが、やはりギブスを外すタイミングが早すぎたそうだ。
ただ、自分としては可動域が広がったので良かった半面、ぱっと見は健常者なので公共交通機関など苦労はした。誰も優しく、以前に手加減なんてしてくれない。
日々の経過とともに、負荷がかからない範囲で少しずつ可動域が広がりできることも増えていった。ただ、腕をつくことがトラウマになり左手はかばうようになったのでかなり細くなった。
それでも、ビシュケクの街を散策してみたり、蚤の市、バザールやイベントなどに行っていた。
そして、シェア飯
中国の新疆から陸路でやってきた旅行者のスマホにスパイアプリがインストールされていた。
そして、気が付けば・・・
ビシュケクは冬になっていた。(異常気象で)
せっかくわざわざ会社をやめてリスク背負って旅に出たのにもったいない!時間を無駄にしたくない。といった気持ちも強くなってきた。その反面、このまま旅を続けていくことに不安などもあった。この時点で会社を辞めて約3年、海外の旅をはじめて1年10か月ほど経過していた。(一時帰国を含む)
旅の終わりを考えないといけない時期にきているのかもしれないと思った。
なぜか、ビシュケクで電熱コイルや飯盒、食器などを買って、
あの国へ行こうと思った。
インドへ
最後にキルギスの記念紙幣の写真を貼っておきます。
脈絡はないけど終わり。
最後まで読んでいただきありがとうございます。